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京都地方裁判所 平成2年(ワ)853号 判決

原告

株式会社マツダ住建

右代表者代表取締役

松島芳明

右訴訟代理人弁護士

森川清一

被告

駒井住宅株式会社

右代表者代表取締役

駒井祐次

右訴訟代理人弁護士

山村忠夫

被告

株式会社康建

右代表者代表取締役

竹岡康雄

右訴訟代理人弁護士

彦惣弘

被告

有限会社ライフ企画

右代表者代表取締役

妹尾秀子

右訴訟代理人弁護士

原健

主文

一  被告有限会社ライフ企画は原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する平成二年四月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告駒井住宅株式会社及び同株式会社康建に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告有限会社ライフ企画との間に生じたものを同被告の負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じたものを原告の負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する平成二年四月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担をする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告

1  原告は、建物の建築、販売を業とする株式会社であるが、平成元年七月一九日、新井春吉(以下「春吉」という)との間で、同人所有の左記土地建物(以下「本件物件」という)を代金三億二二三七万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同日手付金三五〇〇万円を支払った(以下「本件売買」という)。

(一) 京都市右京区西京極北庄境町一〇番地

宅地 426.31平方メートル

(二) 右土地上の家屋番号一〇番の建物

2  被告らは、それぞれ宅地建物取引業を営む会社であるが、共同して本件売買契約締結の仲介をした。

3  ところが、その後になって、本件物件の売主として本件売買契約を締結し、手付金を受領した者は春吉ではなく、新井春金(以下「春金」という)が替え玉となって締結したものであることが判明し、原告は本件物件を買い取ることができず、結局手付金三五〇〇万円を騙取されて、原告は右同額の損害を被った。

4  被告ら(以下、被告駒井住宅株式会社を「駒井住宅」、被告株式会社康建を「康建」、被告有限会社ライフ企画を「ライフ企画」という)は、いずれも宅地建物取引業者として取引関係者に対し、誠実にその業務を行うべきであるところ(宅地建物取引業法三一条)、

(一) 被告ライフ企画の担当者は、春金が本件物件の所有者でないことを知りながらこの事実を秘匿し、被告駒井住宅及び同康建の担当者に対し、春金を所有者春吉である旨虚偽の事実を申し述べて欺き、被告駒井住宅及び同康建をして本件売買の仲介をさせ、そして原告に本件売買契約を締結させたものである。

(二) 被告駒井住宅及び同康建には、本件売買の仲介をなすにあたり、売主である春吉本人に面接し、その人違いでないことを確認して仲介をなすべきであるのにこれを怠るという重大な過失があった。

5  よって、原告は、不法行為による損害賠償として被告ら各自に対し、金三五〇〇万円とこれに対する被告らに対する請求日の翌日である平成二年四月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告駒井住宅

1  原告の主張1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は知らない。

3  同4の事実は否認ないし争う。

4(一)  本件物件の売買は、春金が春吉になりますし、被告ライフ企画の営業担当者森進にもちかけ、その情報が被告康建を通じて被告駒井住宅にもちこまれた結果、被告駒井が原告を買主として紹介し、売買契約が締結されたものである。

不動産売買の仲介をなすものが、委託者に対して不測の損害を生ぜしめることのないよう配慮し、目的不動産の瑕疵、取引当事者の権限の有無等につき注意すべき業務上の一般的注意義務があるとしても、被告駒井住宅は、いわゆる買根付の仲介業者として、買主として原告を紹介したのであるが、本件のように売根付の仲介業者と買根付の仲介業者とが別々で複数の仲介業者が介入する場合、被告駒井住宅のような買根付の仲介業者の注意義務としては、売却申出事項に疑問があり、ひいては正常な売買契約が締結できないことが一般的注意義務を尽くすことによって容易に窺われる事情がある場合を除いて、売根付の仲介業者の調査内容を信頼してよく、特別の調査義務を課せられる訳ではない。本件では、被告駒井住宅は、被告ライフ企画の森が、売根付の仲介業者として、必要とされる本人確認を、登記簿謄本の確認、現地調査、春吉の経営する新井製作所への送迎の事実、外国人登録証明書等によって、身分確認を行ったうえで仲介行為に及んでいるものと信じて疑わなかったのである。本件は、春金が、被告ら仲介業者が業務上の一般的注意業務を尽くしても判明しえないほどに巧妙に春吉になりすまして原告を騙し、原告に損害を与えたもので、その損害を被告に請求するのは失当である。

(二)  仮に、被告駒井住宅に賠償義務があるとして、損害額につき、過失相殺はなされるべきであることは、被告ライフ企画主張のとおりである。

三  被告康建

1  原告の主張1ないし3の事実は認める。

2  同4の事実は否認ないし争う。

3  被告康建は、被告ライフ企画の森から、本件物件を紹介されてこれを被告駒井住宅に紹介したところ、原告は被告駒井住宅を通じて本件物件を購入することになったもので、被告康建は原告から仲介委託を受けておらず、他方、春吉になりすました春金から売却方の委託を受けたのは被告ライフ企画であり、被告は売主からも仲介の委託を受けてはいない。そうではあるが、被告康建は、売主については全く面識がないところから、特別に注意し、被告ライフ企画の森に対して、現地調査、登記簿の確認、本人としての春吉の確認、春吉の外国人登録証明書、運転免許証の提出などを要求して、売主確認に遺漏のないように期した。なお、森は被告康建の担当者が売主と直接接触することを避けたため、森を通じて売主確認をするほかなかった。契約日である平成元年七月一九日、春金はみずから春吉であると名乗り、株式会社新井製作所代表取締役新井春吉の名刺を差し出し、外国人登録証明書も差し出し、森も同人が春吉であると紹介した。被告康建、同駒井住宅の担当者、そして原告の担当者も、同人が春吉であると信じて疑わなかったのである。

以上のとおりであって、被告康建は無過失である。

(二) 仮に、被告康建に賠償義務があるとして、損害額につき過失相殺がなされるべきであることは、被告ライフ企画主張のとおりである。

五  被告ライフ企画

1  原告の主張1の事実は認める。

2  同2の事実は、被告ライフ企画が宅地建物取引業者であることを認め、その余は否認する。被告ライフ企画は、春吉の委託を受けて本件売買契約の仲介をしたが、原告の委託を受けていない。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は否認ないし争う。

5(一)  ライフ企画は、平成元年四月頃、春金から本件物件の売却方を依頼され、森進はこれを担当した。春金は春吉と無関係な第三者ではなく、春吉の実弟と思われる人物である。本件売買契約は、株式会社新井製作所(代表取締役新井春吉)の大山崎の本社敷地が名神高速道路の拡幅工事の対象となったため、工場及び敷地である本件物件も売却されることとなったもので、右本社敷地は春吉及び春金ら五名の共有であり、平成二年二月一六日に日本道路公団に買収されており、この買収期日は本件売買契約の決済予定日である平成二年二月二〇日の四日前であり、本件物件についても、本件売買以前に別の買主との間で国土利用計画法に基づく売買の届出がなされ、右届出に基づく不勧告通知を春吉が受領しているという事情がある。また、春金は被告ライフ企画の森に対して、右本社及び本件物件の代替地購入の斡旋を依頼し、そして春吉も高槻市の不動産業者に対して、代替地の買付依頼書を差し入れている。さらに春金は、本件売買に際して、本人しか入手しえない春吉の外国人登録証明書を差し出している。これらの事実からすると、春金は春吉から本件売買契約締結の権限を与えられていたと推認され、ライフ企画としてもそう信じていたものである。

右の次第で、本件売買契約については、原告と本件物件の所有者である春吉との間で表見代理が成立し、原告は春吉に対して売買の履行を求めうるものであるから、右契約の無効を前提とする本件損害賠償請求は失当である。

(二)  本件においては、原告も不動産取引を業とする専門業者として、売主が本人であるか否かを確認して契約を締結すべきであるのに、これを怠った過失があるから、損害につき過失相殺がなされるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が建物の建築、販売を業とする株式会社であること、被告らがいずれも宅地建物取引業を営むものであること、原告が、平成元年七月一九日、春吉なる者との間で、同人所有の本件物件につき代金三億二二三七万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同日手付金三五〇〇万円を支払ったこと、被告らが本件売買契約の仲介をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二〈書証番号略〉証人森進、同重村信敬、同野口弘行の各証言によれば、次のとおりの事実が認められる。

1  本件物件は、株式会社新井製作所(以下「新井製作所」という)の代表取締役である春吉の所有であり、春金は春吉の実弟であった。新井製作所は京都府乙訓郡大山崎町字植野小字寺門に本社をおき、本件物件は新井製作所の出先の工場であった。

被告ライフ企画の営業社員である森進は、昭和六三年暮れ頃スナックで、道路公団に本社敷地を買収されるのでこの際本社と工場を統合できるような土地を探しているという春金を紹介され、物件を紹介したことがあったが、平成元年春頃になって春金から本件物件の売却方を依頼され、被告ライフ企画の営業として同物件売却の仲介を行った。この時点で既に森は春金が本件物件の所有者である春吉ではないことを知っていた。

2  森は、その後、現地を確認したり、本件物件の登記簿謄本のほか法務局で関係書類を得て物件資料を作成のうえ、平成元年六月頃、売主が春吉であるとして本件物件を被告康建の野口弘行に紹介した。被告康建は不動産仲介のほかに建物の建築販売をも業としていたものであるところ、被告康建としては自社が本件物件を取得するについて値段があわなかったため買入を断り、野口は以前からの知り合いであった被告駒井住宅の重村信敬に本件物件の売り情報を流した。そこで、重村は物件に関する資料を受け取った上で被告駒井住宅の営業として本件物件を住宅の建築販売を業とする原告に紹介し、右紹介を受けた原告は本件物件を購入することにし、被告駒井住宅に仲介を依頼した。重村は原告に購入意思があることを被告康建に伝えた。このようにして、被告ライフ企画が売主、被告駒井住宅は買主から依頼されて仲介人となり、被告康建はその中間に介在する仲介人となって本件取引が進められた。

3  同年七月初旬頃、春金、森、野口、重村、そして原告の担当者である大西らが本件物件の取引の話し合いで原告の事務所に参集した。席上、春金は、自分が新井製作所の代表取締役で本件物件の所有者である春吉であると名乗った。森は春金が春吉と自称するのをそのままにした。野口や重村は森から入手した物件に関する資料から本件物件の権利内容に問題がないとしていただけでなく、それまで森から、売主については車で何度も会社に送り迎えをしており間違いないと説明を受けており、春金は売主側の仲介業務が売主本人であるとして連れてきた人物であるし、その席での春金の言動からしても、春金が春吉であると信じて疑わず、この点は原告の担当者である大西らも同様であった。同人らは本件物件の取引を進めることにした。

4  数日後、右の者らは取引の条件等をつめるために参集した。春金は自分が春吉であることを示すため「株式会社新井製作所代表取締役社長新井春吉」ほか本社工場及び三条工場の所在地を記載した名刺を関係者に配付した。この時も森は、春金が自分を春吉であると偽るのをそのままにした。被告康建の野口は、売主である春吉が韓国籍であるところから、念のため森に対し春吉の外国人登録済証明書を差し出してくれるよう求めた。この日の話し合いで取引条件がほぼ定まった。

5  七月一〇日、本件物件の土地につき国土利用計画法二三条一項の規定に基づく売買の届出をなすにあたり関係者が集まった。野口は、春金が持参した春吉についての外国人登録済証明書を森を通じて受領し、被告駒井住宅の重村や原告の担当者もこれを確認した。当日、売主を春吉、買主を原告とする土地売買等届出書が作成され、春金は売主欄の春吉名下に押印し、野口は京都市に右届出書を提出した。なお、右の関係者の立会いのもとに、同月一一日付けで本件物件についての売買に関する協定書が取り交わされた。右の届出については京都市長から同月一七日付けで同法二四条第一項に基づく勧告をしない旨の通知があった。

6  同月一九日、春金、森、重村、野口、原告代表者、原告の担当者の大西及び橘らが取引のため原告事務所に参集し、買主から仲介の依頼を受けた立場の被告駒井住宅作成名義の本件物件に関する重要事項説明書の表紙の裏面に被告康建及び被告ライフ企画の森も仲介業者として記名押印し、これが原告に手渡され、原告は本件売買契約を締結し、本件手付金三五〇〇万円を春金に交付した。なお、春金や森が帰った直後のことであるが、当日春金が原告と資本系統が同じマツダの車に乗って来ていたので、原告の担当者において念のため自動車販売会社の営業マンに電話で連絡をとり春吉の年恰好を聞き合わせ、春金が春吉本人であると判断した。

7  森は個人として春金から金二五〇万円の報酬を受け取った。ところが、本件取引は約定の翌年二月二〇日の決済日に売主側の義務が履行されず、その後、原告や重村、野口らは春金が売主である春吉と違う人物であることを知った。森は、本訴に至るまで、野口、重村やその他の関係者全員に対し、自分も春金が春吉であると信じていたと虚偽の説明を行ってきた。

三右に認定した事実によれば、被告ライフ企画の営業社員である森は、春金が本件物件を他に譲渡するに際して、春金が所有者である春吉でないことを知りながら売渡しの仲介業務を行い、事情を知らない被告康建の野口、被告駒井住宅の重村とともに原告をして本件売買契約を締結させて手付金名下に金三五〇〇万円を春金に支払わせたものであることは明らかであり、右は故意による不法行為に該当し、森の使用者である被告ライフ企画は民法七一五条により原告の被った損害の賠償義務を免れない。

被告ライフ企画は、本件取引については原告と本人である春吉との間に表見代理が成立するから原告は本件売買契約に基づく請求権を有し、したがって原告には損害は発生していない旨主張するが、民法が定めるいずれの表見代理を主張するか明らかでなく、その主張するところは、要するに春金は春吉から本件売買契約締結の権限を授与されていたというものであるところ、〈書証番号略〉、右証人の証言によれば、春金は春吉の実弟であるほか、株式会社新井製作所の大山崎の本社敷地が名神高速道路の拡幅工事の対象となり、右本社敷地は春吉及び春金ら五名の共有であり、平成二年二月一六日に日本道路公団に買収されており、この買収期日は本件売買契約の決済予定日である平成二年二月二〇日の四日前であり、本件物件についても本件取引前の平成元年六月に買主を有限会社貴良建設とする国土利用計画法に基づく売買の届出がなされ、右届出に基づく不勧告通知がなされていること、春金は被告ライフ企画の森に対して右本社及び本件物件の代替地購入の斡旋を依頼し、そして春吉名義の代替地の買付依頼書が他の不動産業者に差し入れられていることが認められるけれども、この事実から、本件売買契約につき民法一〇九条もしくは一一〇条の表見代理が成立し、あるいは春金は春吉から本件売買契約締結の権限を与えられていたと推認することはできない。

次に、被告ライフ企画は、住宅の建設及び販売を業とする原告にも春金を春吉と信じたことに過失があるから賠償額につき斟酌されるべきである旨主張するが、本件は、自社の営業社員である森が春金とともに同人が春吉であると偽り、原告をしてその旨誤信させて賠償契約を締結させた事案であり、右の主張は採用できない。

証人重村信敬の証言及び本件弁論の全趣旨によれば、原告はおそくとも平成二年四月九日までに被告ライフ企画に対して本件損害の賠償を求めたと認められる。

四被告駒井住宅及び同康建の責任について検討するに、委託を受けた不動産仲介業者は、善良な管理者としての注意をもって当事者が契約の目的を達しうるよう配慮し、権利者の真偽については格別に注意する等の業務上の注意義務があり、そして原告から直接委託を受けていない被告康建も宅地建物取引業者として右の一般的注意義務を負い、右の注意義務に違反した結果取引の当事者が損害を被ったときは不法行為による損害賠償責任を免れないというべきである。これを本件についてみるに、本件物件の売買については売主側の仲介業者として登録をした宅地建物取引業者である被告ライフ企画がおり、被告康建の野口及び被告駒井住宅の重村は被告ライフ企画の森から本件物件を売り物件として紹介されて本件仲介業務に乗り出したものであるが、その際、森から引き会わされた春金を春吉であるという森の言を単にうのみにしただけでなく、本人であると自称する春金にも確認し、そして、登記簿謄本、春金が差し出した名刺によるほか春吉に関する外国人登録済証明書を差し出させて本人であることの確認をしているものであって、売買成立に至るまでの交渉の過程で春金が権利者本人でないと疑うべき事情もなかったことからすると、本件売買契約において本件物件の権利者である春吉の実印の持参や印鑑証明書の提出が求められていないけれども、仲介業者としての注意義務は一応尽くされているというべきで、それ以上になおこの点につき疑念を抱き権利者本人であるか否かを調査確認すべきまでの義務はないというべきである。

そうすると、原告の被告駒井住宅及び同康建に対する請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

五以上の次第で、原告の被告ライフ企画に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告駒井住宅及び同康建に対する請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官朴木俊彦)

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